名曲紀行 vol.19 エネスク《組曲 第2番》
おはようございます、Raindropです。
本日も名曲紀行のお時間です。
今日は、ルーマニア。エネスク作曲《組曲 第2番》をお届けします。
このエネスクは、実は前に紹介したフォーレのお弟子さん。
ウィーン音楽院とパリ音楽院に在籍したそうで、フォーレはパリ音楽院時代のお師匠さんということになります。
そのため、こちらもやはり以前ご紹介したラヴェルとは、同窓の親友でもありました。音楽家って、いろいろなところでつながっていますよね。
では、そのエネスクはどんな人だったのか。
ルーマニアはリヴェニ村生まれのヴァイオリニストにして作曲家。
ウィーン時代は〈悪魔の踊り〉で知られるヘルメスベルガー2世らに学んでいました。
しかも、音楽史に残るほぼすべての曲を暗譜で演奏・指揮できたという化け物みたいな人です。
作風が生涯を通して変わり続けた作曲家ですが、その根底に流れる「パルランド・ルパード」というルーマニアに伝わる哀歌の旋律だけは、変えずにずっと大切にし続けた人でした。
そんな偉人を顕彰して、今このリヴェニ村は、「ジョルジェ・エネスク」という名前の自治体になっているのだとか!
故郷ルーマニアの音楽を、バルトークとはまた違った形で探求し続けた彼にとっては、それはうれしいことでしょうね。
そんなエネスクが作り上げたピアノ作品の最高傑作がこの《組曲》。
ヴァイオリン作品ばかりが注目されがちなエネスクの作品の中では異色なほど人気のピアノ曲です。
私がこの曲に出会ったのは、シャルル・リシャール=アムランがコンサートのアンコールで、第三曲〈パヴァーヌ〉を弾いてくれた時でした。
なんて美しい曲なんだろう、と思い、会場で模造紙か何かに「エネスク〈パヴァーヌ〉」と書いてあったのを写真に撮った記憶は、今ではちょっと遠く懐かしい思い出です。とはいっても数年前の話のはずなんですけどね。
バッハに傾倒し、バロック音楽に親しんだエネスク。
彼が、この上なくシンプルな名前の曲集を編むにあたって選んだ四つの形式は、どれもバロック時代に大流行した、当時すでに「古典」になっていた、典雅な舞曲でした。
1.トッカータ
〈トッカータ〉は、バッハのオルガン曲や《平均律》などでおなじみ。スピードの速いパッセージや、華麗にして繊細な音型の変化がめまぐるしく登場するような、どちらかといえば即興的な音楽です。
オルガンの「試し弾き」がその名の由来になっていますが、エネスクはそんなトッカータの形式を保ちつつ、近代的な音色を駆使して、とっても洒脱な、しかし同時に情熱的な楽曲に仕立て上げました。
初めて聴いたとき、この世にはこんな美しいメロディーがあったのかと、しばし放心したものです。
2.サラバンド
サラバンドの起源については諸説ありますが、ラテンアメリカからヨーロッパに伝わり、またたくまに庶民の間で大流行したようです。
ちなみに、ラテンアメリカのそれはリズミカルでグルーヴを伴うものでしたが、海を越えたサラバンドは動きがゆっくりになり、卑猥な感じになったようで、1583年と1614年には禁止令まで出ています。その後禁令が解かれ、ゆったりとした曲調が人気になり、フランス宮廷で流行。振付などは厳かになり、次第に洗練されていきました。
エネスクが意識したのは、間違いなくフランス宮廷に入ったあとの洗練されたサラバンドでしょう。
優雅や荘厳さの中に、哀愁が見え隠れするこの曲。それは、やはりエネスクが大切にしたルーマニアの哀歌に由来するものなのか、それとも宮廷文化の裏に秘められた淡い孤独と悲しみに由来するものなのか、ぼくにはわかりません。けれど、かつてクープランに「見え過ぎてしまった」斜陽のフランス宮廷に渦巻く王族の悲哀そのもの、もしくはそんな歴史への哀悼をこの曲に見出すのは、穿ちすぎでしょうか。
3.パヴァーヌ
そして、私がエネスクを知るきっかけとなった〈パヴァーヌ〉。
師匠フォーレに触発されたと思われる、比類なく美しい曲です。(そのうちフォーレのパヴァーヌも紹介させてください。クラシック音楽の中で一番大好きな曲なので!)
曲の冒頭、はっとするようなレチタティーヴォチックな幕開け。エネスク独特の響きとフレーズをもって、やさしく、過ぎ去りし日の古典舞曲が映し出されます。
パヴァーヌというのはゆったりとした宮廷舞踊のこと。
パドヴァの踊りから転訛したとも、女性が踊る様子から「孔雀(pavo)」に由来するともいわれていますが、何にせよ優雅で、しめやかな踊りです。
4.ブーレ
この〈組曲〉のラストを飾るのが、とっても快活な舞曲〈ブーレ〉です。
ブーレというのは、フランスのオーベルニュ地方で生まれた、いわゆる「地元の人たち」の踊り。
音楽でそういうのが出てくると、大抵活発で軽快、楽し気な感じになりますが、この踊りもご多分に漏れず楽しい感じが突き抜けています。
それが宮廷に入り、やはり洗練されて、しかし快活さは残したまま、今に残る〈ブーレ〉になったようです。
オック語(フランスのラングドック地方などで話されている(いた)言葉。そのうちセヴラックをご紹介するときにもう少しお話しすることになるでしょう)で「詰め込まれた小枝の束」という意味の borrèia に由来するという説があります。
活気に満ちた明るい古典舞曲と、エネスクの愛した近代ルーマニアの音色が融合した、曲集のラストを飾るにふさわしい壮大な曲になっています。
さて、今日はなんと四曲(!)お聴きいただくことになりますが、どの曲も、はるか昔のシャンデリアの下に踊られた舞曲と、洒脱な近代の音色が融合した名品ぞろいです。
20世紀ルーマニアが生んだ天才の手によって編まれた、この《組曲》。
それぞれの小品が、聴く者の心の奥に迫り、ときに涙すら催させる秘密は、ヨーロッパの歴史そのものに隠されているのかもしれません。
演奏は、シャルル・リシャール=アムラン。
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