雨垂雑記

百合好きの備忘録

名曲紀行 vol.13 ラヴェル《鏡》より〈道化師の朝の歌〉

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モーリス・ラヴェル(1875~1937)

こんばんは、Raindropです。

 

本日も名曲紀行のお時間です。

 

今夜は、フランスラヴェル作曲《》より〈道化師の朝の歌〉をお届けします。

 

なんといったって、今日3月7日はラヴェルの誕生日!

せっかくなので、ラヴェルの中で五本の指に入るくらい好きな曲をご紹介したい、と思い。

 

さて、この曲は《鏡》の中でも異質な曲として知られています。

 

基本的にラヴェルはフランス語でタイトルを付けているのですが、この《鏡》の曲のうち〈道化師の朝の歌〉だけはスペイン語でタイトルがついています。Alborada del graciosoという名前がついてますが、日本語訳が難しいだけでなく、他の言語でもスペイン語から翻訳するのが本当に難しいようで、なかなか苦労しているらしいです。

 

ちなみに、某ブログで「“道化師”という訳語は愚の骨頂で、本当は“朝帰りの伊達男の歌”だ」とするトンデモ説を唱えていた方もおられましたが(この方の文章は、専門家を滅多矢鱈にこき下ろす割には参考文献の一つすらきちんとつけておられないので、読んだとき思わず閉口してしまいました)、当時のラヴェルの身辺やフランス文化の背景を理解したうえでなお、私は「道化師の朝の歌」という訳語が一番ぴったりで、かつ美しいと思っています。

 

ラヴェルのすべての作品をラヴェルの前で演奏、作曲者自身から細かい指示を伝授されたヴラド・ペルルミュテールが校訂したラヴェル全集を、更にペルルミュテールに直接師事した岡崎順子氏もこの訳語を採用されていらっしゃいますから、まず間違いないと思います。

 

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ヴラド・ペルルミュテール

閑話休題

 

ヨーロッパにおける道化師は、宮廷道化師が元々で、世の中でもかなり異質な存在でした。

 

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ヤン・マティコ作『スタンチク』。スタンチクは、ポーランド史上最も有名な道化師です。

 

いわば、アウトローな人々。日本史上でいうなれば、「非人」が最も近いと思います。とはいえ、道化師は宮廷に仕え、非人は宮廷に仕えなかった、という点では違いますが(但し、後醍醐天皇などが非人を直属の職能集団として組織していたことがわかっています)。

 

共通しているのは、どちらも社会の中のいわば被差別民であるのと同時に、社会にとって必要な人々であったということです。

 

仕事の内容は、周囲の人を楽しませること。しかし楽しませるといっても、何かエンターテインメントをするというよりは、小人症といった先天的な身体障碍を持っているがゆえに笑いものにされたというのが本当のところ。しかし、それでけしからんと言い切れないのが面白いところで、道化師は同時に君主に向かって無礼なことを言っても許される唯一の存在でもあったのです。

 

つまり、ひどい扱いを受ける一方、何を言っても罰せられない「愚者の自由」を持った人々こそが道化師でした。

 

この二面性というのが道化師を語るときに外せない要素。「顔で笑って心で泣いて」というフレーズは聴いたことがある人もいらっしゃるでしょう。

 

表面的な笑顔と内面の悲しみ笑われる存在でありながらも唯一の特権を持つ人物。

魔除けとして王家に召し抱えられると同時に居酒屋や女郎屋にも置かれていた、聖と俗の両方に属する人物。

 

こうした二面性こそが、道化師を読み解く際の大切なキーワードになるのです。

 

こんな話を頭の片隅において、この曲を聴いていただければと思います。

 

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