雨垂雑記

百合好きの備忘録

名曲紀行 vol.10 ショスタコーヴィチ《交響曲第五番「革命」》

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ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906~1975)

おはようございます。Raindropです。

 

本日も名曲紀行のお時間です。

 

今朝は、ロシアショスタコーヴィチ作曲《交響曲第五番「革命」》をお届けします。

 

最近話題になっている、「キャンセルカルチャー」。音楽の世界ではゲルギエフミュンヘンフィルの指揮者を解任されましたね。これに対して反射的に「けしからん!」と騒いでいる自称 “反「キャンセルカルチャー」”の人々が散見されましたが、まぁ、何も知らないんだなと思いました。無知は罪ですね。

 

ゲルギエフが解任されたのは単なる感情論ではありません。ゲルギエフは元々プーチンと非常に親しくクリミア併合の際もロシア支持を表明していました。

今回についても、ミュンヘンフィルから「ロシアのウクライナ侵攻に対する態度を表明してね」といわれていたのに無視し続けたという経緯があります。

 

ロシアという大国が仕掛けた愚かな侵略戦争に対して、国際社会が団結して対峙していこうという中でのことですから、今回の処置は仕方ないところが大きいのですよ。

 

それに、今たとえ一時的にロシアのものを自粛したとしても、それがロシア文化の消滅・忘却にはつながらないと確信しています。

ロシアの芸術作品——文学でも、音楽でも、劇でも——は、そんなにヤワではない。

 

歴史の奔流を生き延びてきた文化は、たとえそれがどの国の、どのような形態のものであれ、力強いものなのです。

 

さて、しかしこの企画でも、ロシアものを扱わないと、いつ何時

 

「キャンセルカルチャーだ!」

 

と怒られるか分かったものではありません。そこで、大いなる皮肉を込めて、このタイミングでショスタコーヴィチにお出ましいただいた、というわけです。

 

ショスタコーヴィチは若いころから天才作曲家として名を馳せていましたが、自作のオペラ《ムツェンク郡のマクベス夫人》が反体制的であるとして、ソヴィエト共産党の機関紙「プラウダ」上で激しく批判されます。

 

曰く、「荒唐無稽」。

 

これは則ち時の権力者スターリンに睨まれたことを意味します。まさに彼にとっての生命の危機が突然やってきてしまったのです。

 

当時、彼の身の回りでも、友人や親戚、支援者といった人々の中から、政府に逮捕されて処刑される人が出ていました。

 

スターリンによる恐怖政治の嵐が吹き荒れていた時期だったわけです。

 

そんな時勢ですから、ショスタコーヴィチが「次は自分だ」という危機感を抱いたとしてもなんら不思議ではありません。

 

そこで、彼は起死回生の一手としてこの曲を作りました。

初演は革命二十年という節目の年に行われ、革命と体制への賛美として熱烈に歓迎されます。こうしてショスタコーヴィチはどうにか名誉を回復し、ソ連の作曲家としての地位を確立していったのです。

 

 

……ところが、ショスタコーヴィチはそんな単純な話で終わるような人ではありません。体制におもねるためだけに音楽を書くなど、真の芸術家たる彼にとってはこの上ない屈辱。そこで、曲のあちこちに密かにソヴィエト政府に対する批判のメッセージを忍ばせた、と言われています。

 

最も有名な四楽章の中に何度も登場する、ビゼーの《カルメン》からの引用。〈ハバネラ〉というアリアで、該当する歌詞は「信用しちゃダメよ」

 

非常に有名な曲ですが、せっかくですから、この機に聴きなおしておきましょう。

マリア・カラスの歌を貼っておきますね。

 

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そして、クライマックスでヴァイオリンが演奏する、しつこいまでの「」の音。これはロシア語では「リャ」(古語では「ヤー」)と発音し、「私」という言葉と重なります。そのため、「私は体制を信用しない」というメッセージ……なんて話も、まことしやかに語り継がれています。

 

因みに、伝説的な指揮者ムラヴィンスキーが初めてショスタコーヴィチと会うきっかけとなったのも、この曲でした。

 

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エフゲニー・ムラヴィンスキー。20世紀の東側世界を代表する指揮者。

 

初めこそ険悪な空気だったものの、次第に打ち解け、これ以降よき盟友となったようです。

 

歴史に残る初演者となったムラヴィンスキー。様々な指揮者がこの名曲を扱っていますが、やはりムラヴィンスキーの右に出る者はいない。そう思っています。

 

もちろん音楽の解釈だけでなく、指揮の技術も超一流。晩年は指揮棒すら使わず、自らの手を駆使してオーケストラを完全にコントロールしていました。

 

本日ご紹介するムラヴィンスキーの演奏動画でも、そのカリスマ的な音楽を、耳と目の両方で味わうことができます。

 

せっかくなので、音質は若干落ちますが、レニングラードフィル、ムラヴィンスキーの指揮でお楽しみください。

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